メッセージ 第3号(2001年9月)

 

『ベトナム式コーヒードリップ・トリッパー』

簡単で、かあいらしくって、いい加減で、ワイルドで、でも どこか優雅。
ぺこんぺこんのアルミのコーヒードリッパー・セット。釘でボチンボチン適当にあけた穴が
フィルターってくらいに手造りだから、ひとつひとつが個性的で微笑ましい。
コンデンスミルクを1センチ程いれたグラスの上に、受け皿、カップ、落とし蓋をぽんと置
き、(みんなボチンボチン穴があいてる)砂のように細かく挽いた豆をスプーン一杯。熱湯
を注いで まずは湿らせてから、ふちぎりぎりまで入れ、うっかりすると指を切っちゃいそ
うなカットのとってを そっとつまんで 蓋をのせる。

・・・ぽたっ・・・ぽたっ・・・
はじまった、はじまった
あとは、頬杖をついて表を眺めるもよし、ぽったんぽたたんと落ちるコーヒー色の水滴が、
グラスの底の白いコンデンスミルクにだんだんと混ざっていく模様を楽しむもよし。そうし
てるうちに、いつの間にかゆったりとした空気に溶けている。(だから絶対透きとおったグ
ラスがいいの、陶器のカップより)空気と同化して、人びとを風景のように観てるm。多分
向こうからも mも景色の一部でしかないだろう。コーヒーとミルクのようにあいまいに滲
んだ境界線。
これって、完壁に瞑想状態。

さあ、ほどよくコーヒーがはいったら、ちょっとだけ現実に戻りましょう。蓋をとってテー
ブルに上向けて置き、受け皿ごとグラスから外して、その上に置く。あちちっ!気をつけて!
グラスもドリッパーも火傷する程熱くなってるから、ふうふうおっ
かなびっくり飲んでみると、なぜかコーヒーはぬるくて、しかもスプーンでしっかりかき混
ぜちゃったもんだから、お菓子みたいに甘ったるい。一回ブラックで試したら、何も入れて
ないのにすでに甘かった。豆に砂糖でも混ぜてんのかしらん? 
(これ以降、ミルクの上の方だけ溶けるよう加減して混ぜるようになった。時々おせっかい
やき屋がいて横から「こうするの!」とかき混ぜてしまわない限りはね。世話焼きさんが多
いから助かるけれど、有難迷惑もあるんだわあ。)
 
このスタイル、昔フランスにあったらしいけど、今はベトナムにしかないらしい。
初体験は、カントーの桟橋のフォー屋のあんちやんが入れてくれたコーヒー。甘くてぬるく
てとても飲めた代物じゃなかった。けど自慢のコーヒーらしく、一口で席を立とうとしたら、
飲めっ!飲めっ!なんで残す?まだのこってるじゃないか、え?と言わんばかりに何回もグ
ラスを指さして凄むので、しかたなく一気に飲み干した。あれはポット入りできたから お
いしくなかったのかもしれない。

その後、ハノイ、フエ、ニャチャン、カントー、ホーチミンのあちこちで飲んだけど、炎天
下のカントーの昼下がりに入った、女性二人のこだわりのコーヒーショップの一杯。
この時から本気でハマリマシタ。大きな銀色の台に熱湯を張ってグラスを熱々にし、なおか
つ熱湯たっぷりの茶碗(この辺がベトナムらしい、なんでもありで)にそれを入れて、コン
デンスミルクを2センチ注ぎ、ドリッパーをセット。流行るわけだ。毎日猛暑の中を歩き廻
っているせいか、このめちゃ濃い甘いコーヒーこそが一番という気になる。(外国人用に差
し湯のポットを置いてる所もあるが邪道じゃ。)なんて、ためらいもなくしっかりとミルク
をかき混ぜるようになったのは、ここの気候になじんだせいかも。万が一、ブラックできた
りしようものなら、「スア!スア!カフェスアだってばあ!」とミルクを催促する始末。
(ある時そう叫んだら、アイスミルクコーヒー「カフェスアダー」を持ってこられてしまった…)
そしてどこでも必ずつけてくれるお茶(これがまたおいしいの、ジャスミン系中国茶みたい)
ちっちゃな湯飲み3杯でしめくくれば完璧!このふたつの組み合わせの絶妙なこと!
メコン川の水上マーケットの喫茶船のマスターが入れてくれたコーヒーも絶品だったなあ。
二時間近く強烈な日差しの下、小舟に揺られてたどり着き、熱いのをくくーっと飲んだ時、
思わず溜息をついてしまった。どのコーヒーCMよりおいしそうな顔してたと思う。もち、〆
のお茶付きよ。 とんだわ…….
さて、魔法の秘密は、やっぱりドリップ・セットにありそうだ。 ベンタイン市場で鈴なり
に吊るされて、アルミのなら、1セット2000d(まず4、5000言われるデショウガ)で売ってた。
ステンレスっぽいホンコン製は大中小それぞれ18000、15000、12000dで、こっちはまけて
くれない。おみやげにいくつか買う。そうだ!豆もね?
意外と知られていないベトナム産の豆、種類も豊富で100g700d~1200d。
うんとうんとメコンの泥のように細かく挽いてもらう。んんん、いい香り。
 
東京に戻ってから、人気みやげであっというまになくなったけど、手元に残した一個で、し
ょっちゅう ドリップ・トリップしたくなる。すっかり虜。飲んだ後、わざときれいに洗わ
ず、ワイルド色を演出したり・・・
ともすればハイスピードな東京時間に見失いそうになる自分に気ついたら、お湯をわかそう。
そして、ベトナム式コーヒーを入れよう。
ぽったん・・・ぽたたん・・・
そう、そうして、コーヒードリップ・トリッパーになるのだ。
下北沢のとあるベトナムカフェでTakaちゃんにすすめてみた。
Takaちゃんも「甘~い」って言いながら飲んでたけど、外は炎天下にみかかわらず、悠久の
時間が店内には流れていたわよん。

この夏のちょっとした出来事でした。